ニセコの新谷さんが自身5冊めとなる本「北の山河抄」を出版した。
中身は2010年から2年半に渡って「岳人」に連載したものと、この春に三浦雄一郎隊を訪ねてエベレストのベースキャンプを訪れた時の事を綴ったものだ。
僕は毎回この岳人の連載を楽しみにしていて、本が届くと真っ先に読んでいた。
本に書かれている事は、ニセコに行ってウッドペッカーズに行く度に聞かされていた事ばかりなのだが、
改めて活字となって読み返してみると実に面白く、唸らせられる。
もしかして、この本は新谷さんが俺のために書いたのか?とさえ思える内容だ。
というか、山やスキーに携わり、新谷さんを知っている人なら絶対読んだほうがいいと思うのだが。
ただし、この本が爆発的に売れるとは思えない。
昔の山登りや登山の本質からかけ離れた「なんちゃってパウダー」の人には理解不能だと思うからだ。
初めてニセコの山を一緒に滑った35年前、新谷さんは革の登山靴にカンダハー、左右違うスキーを履いて
巧みに深雪の中を滑っていた。「板なんか関係ないんだ!」ととぼけながら。
その後、僕がガイドになってお客さんを連れてウッドペッカーズに泊まりに行くと「今日は俺も着いてくわ」と言って、よく一緒に滑ったし、酒も飲んだ。
また夏山のガイドが忙しくなると手伝いに来てくれたりもしたが、ある時僕のいない所でお客さんの振る舞いが新谷さんの逆鱗に触れたらしく思いっきり怒鳴り飛ばしてしまったと言っていた。
「宮下、スマン…俺は山のガイドには向いてないわ」と。
俺の記憶に間違いなければ、その後の新谷さんは山のガイドはやってない。
ある時、二人で夏の手稲山にパラグライダーをやりに行った。
先に着陸した僕は新谷さんが飛んでくるのを見上げていた。
来た!と思ったらいきなり旋回を始めた。パラグライダーは旋回すると高度が下がる。
低い!と思ったら案の定、藪の中に突っ込んで行って墜落…。
あくまで攻めのフライトだったなぁ。
何がきっかけで新谷さんがシーカヤックのガイドになったかは知らないが、一度海の上ですれ違った事がある。僕もその頃、一時だけシーカヤックに乗っていた時期があって、小樽の海の上でガイド仕事中の新谷さんに会ったのだった。僕の姿を見つけると、こちらにやって来て言葉を交わした。
海で見る新谷さんはシーカヤッカーとうより、漁業中の漁師のようだった。
それはおよそスポーツではなく、海に生き、海で食わせてもらっているプロに見えたからだと思う。
「ああ、新谷さんは海のガイドになったんだな」と実感した時でもあった。
薄っぺらな時代である。
山岳ガイドや山岳スキーに携わる者は、何より経験を重視すべきだと新谷さんは繰り返し言う。
研修会や試験でガイドになる事をめざす、今の時代にけっして納得していないのだ。
毎年、各地で大盛況の「雪崩講習会」だが、「あんなもん受けて何になる!」と新谷さんは怒鳴る。
ビーコンを持ち、雪崩講習会を受講すれば後はOKみたいな風潮を嫌う。
毎年、各地で雪崩事故で命を落とした者たちは、皆「講習受講済み」の人ばかりだからだ。
吹雪の日には気をつけろ!
今でも、吹雪の日には僕の携帯に電話がかかってくる。
「今日は無理すんなよ」と。
僕より10歳上の新谷さんは、さすがに年齢による不調を口にする事が多くなったが、未だに眼光するどく
また、つい先日も170回めくらいになるという知床半島一周のカヤックツアーを行ってきたと言っていた。
まだまだ、言いたい事はあるようだ。
たぶん6冊めの出版もあるだろうなぁ…